2008年5月9日金曜日

本当の愛

心の温かい両親のもとに生まれ、無条件に愛情をいっぱい受けて育った人は、自信をもち、何ごとも肯定的にとらえることができます。

自分と同様に相手の価値も認め、人を信じ、尊重し、愛することができるから、自分もまた人から愛されるという、いい循環が自然に生まれます。

では、親に愛されなかった人は、どうすればいいのでしょうか。

人間は弱いもので、まず自分が誰かに心から愛されるという経験をもち、その喜びを実感できなければ、なかなか人を愛することはできません。

幼い子供は、親に頼らなくては、生きていけません。
親の存在というものは、自分の世界のすべてであり、生死にもかかわる重要な問題です。

その感覚を引きずったまま、大人になって社会にでると、世の中というものを、家族を拡大したものだと考えてしまいます。

運悪く、冷たい家族の中で育った人は、世間もどうせ冷たいものだと思ってしまうのです。
人に嫌われるということに、死ぬほどの恐怖を感じてしまい、ビクビクと人のご機嫌ばかりうかがってしまいます。

子供の頃にうえつけられた、間違った感覚を捨てなければなりません。
親に愛されなかったことは不運でしたが、それはまさに、単なる不運にすぎなかった、というだけのことです。

世の中には、何も悪いことをしていないのに、交通事故で大けがをしたり、家が火事になったり、なぜ自分がこんな目にと思うような不運に見舞われる人は、たくさんいます。

それと同じで、不運は誰にでも起こりうることであり、仕方のないことです。

逆に、自分には、絶対にいいことしか起こらないと判っていたとしたら、そんな人生が楽しいでしょうか。

運が悪かったのは、自分の責任ではありません。
しかし、不運を嘆いて、心を閉ざしてしまったり、攻撃的になったりして、人から嫌われる人間になってしまえば、それは自分の責任です。

どんなに辛くても、愛される資格を放棄してはいけません。
まず、自分が愛されたかったように、無条件に、誰かを心から愛してみましょう。

その愛が必ず報われるという保証はありませんが、怖れてはいけません。
怖れを感じたなら、それは、相手も当然、自分を愛してくれるべきと、見返りを要求している証拠です。

あなたが理想に描いていた本当の愛とは、そんな恩着せがましいものではなかったはずです。
本当に人を愛したとき、怖れというものは、完全に消え去ります。

愛は、いくら分け与えても、決して減ることはありません。

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