自分のしたいことをするということに、罪悪感を感じる方もいるかもしれません。
もちろん、人の迷惑も顧みずに傍若無人に振舞ったり、他人から何かを奪ったりすることは、悪いことなのですが・・・
でも、正常な感覚をもっていれば、人を困らせたり、人を悲しませたりしてまで自分だけが得をすることは、本当に喜べることではありませんので、おのずと、したいことからは除外されるはずです。
自分の心に恥ずることなく、胸を張って語れること、見栄や私欲ではなく、心からの充実を感じられることであれば、したいことは、躊躇することなく行っていいのです。
人は、自分の喜びのために生きていいのです。
そのエネルギーが、まわりの人にも幸せを分け与えます。
幸福も不幸も、少なからず周囲の他人に影響を及ぼすからです。
毎日の生活に充実を感じていない人は、他人の幸せを妬み、他人の不幸を願うようになります。
自分の喜びのために生きていなければ、人を愛することはできず、人から愛されることもありません。
樹木は、少しでも深く根を張り、高く成長し、多くの実をつけようとします。
犬は、広場につれていけば喜んで走り回りますし、鳥は、鳥かごから出してやれば、大空へ向かって飛び立ちます。
自分に与えられた能力を最大限に発揮しようと努めることが、生物に与えられた本能であり、生きる喜びそのものなのでしょう。
縁起でもない話ですが、もしあなたの命が、あと数年で終わると判ったなら、残された期間、何をしますか。
あなたが今、思い浮かべたことが、きっと、あなたにとっての理想の幸せの形です。
では、なぜ、それを今すぐに実行しないのですか。
自分が本当にしたいことは何なのか、自分はどういう人間になりたいのか、心からわき上がる声に耳を傾けてください。
自分が求める幸せが、他人の不幸の上に成り立つものでなければ、誰に遠慮することもなく、堂々と求めていいのです。
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