自分を傷つけた人を許すことは、非常に難しいことです。
頭では判っていても、なかなかできることではありません。
もちろん、憎んでいる人を許すということは、大変な勇気のいる、すばらしい行為です。
その許すということさえ、見方を変えれば、ふてぶてしいことなのです。
絶対に許せないというのは、ごう慢以外の何ものでもありません。
人格に問題のある人は、必ず、心の中に、誰かに対する激しい怒りを抱えています。
それは、あまりにも耐えがたい苦しみなので、抑圧し、意識の奥に閉じ込めようとして、ついには本当に忘れてしまうことさえあります。
しかし、いくらごまかしても、無意識の中の怒りの感情が消えたわけではなく、いつまでもくすぶり続け、表の意識をむしばんでいきます。
人を許すことができないなどと言う権利のある人は、この世にひとりもいないのです。
人のあやまちを許せないという人にかぎって、自分のあやまちには目をつぶり、簡単に許してしまうものです。
人間は、一生かかっても、完璧にはなりえません。死ぬまでが修行といえます。
つねに自分をかえりみて、反省し、向上しようとつとめていれば、人を批判する暇などないはずです。
人を許せないのであれば、仕方ありません。もう充分です。こだわるのはやめましょう。
自分を傷つけたのも人間ならば、喜びを与えてくれるのも人間です。
これまで、怒りで目がくらんで見えていなかった、人の優しさ、温かさに触れることができるでしょう。
愛は、怒りよりもはるかに強力な、自分を守る武器となるのです。
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